「噛む力」が顎を育てる―小児矯正における食育と咀嚼指導

日本小児矯正研究会 中四国地区評議員
 中田 貴康

小児矯正を進める上で、装置の選択以上に大切な要素があります。それは「正しい咀嚼(そしゃく)の習得」です。食事のとり方や噛み方は、単なる栄養摂取の手段ではなく、顎の発育や歯列の安定に大きく影響する「発育刺激」そのものだからです。

現代の子どもたちは柔らかい食べ物を好む傾向にあり、噛む回数が激減しています。噛む力が育たないと、顎の骨に対する刺激が不足し、成長不足から歯が並ぶスペースがなくなる**「叢生(そうせい)」**を招きやすくなります。また、片側ばかりで噛む癖や早食いも、歯列不正や顔のゆがみ、さらには全身の姿勢にまで悪影響を及ぼす原因となります。

なぜ「よく噛むこと」が重要なのか?

顎の成長には明確なタイムリミットがあります。上顎の成長は10歳頃までにピークを迎えるため、それまでに十分な「発育刺激」を与える必要があります。その刺激となるのが「咀嚼」です。

当研究会が推奨する「バイオファンクショナルセラピー(BFT:生物学的機能療法)」では、咀嚼を単なる動作ではなく、顎骨の成長を促すトレーニングと捉えています。ここで特に重要なのが「咬筋―歯根膜反射(こうきん―しこんまくはんしゃ)」という生理学的なメカニズムです(添付画像参照)。

噛むことは運動であり、脳の中枢でこの反射をしっかりと覚えさせるためには、食事の際にリズミカルに一定時間(推奨は15分以上)噛み続けることが必要です。この継続的な刺激が歯根膜から骨へと伝わり、顎を正しく成長させるのです。逆に言えば、早食いで数分で食事を終えてしまう習慣では、顎を育てるための刺激が絶対的に不足してしまいます。

正しい咀嚼を育てる指導ポイント

単に「よく噛みなさい」と言うだけでは、子どもたちの習慣は改善しません。家庭で実践できる、以下の具体的な4つのポイントに基づいた指導が不可欠です。

  1. 食事中の姿勢: 足の裏が床にしっかりついていることが重要です。足がぶらついていると腹筋や背筋に力が入らず、踏ん張れないため、噛む力が十分に発揮されません。椅子の高さを調整するか、足台を置くよう指導します。
  2. 水分摂取のルール(水洗式食事の禁止): 食事中に水やお茶で食べ物を流し込む「水洗式食事」は厳禁です。流し込むと噛まずに飲み込んでしまい、唾液の分泌も促されません。食事中は水分を摂らず、よく噛んで唾液と混ぜ合わせて飲み込む習慣をつけ、お茶などは食後に飲むのが本来の正しい作法です。
  3. 食材と調理の工夫: 「硬いものを食べなさい」と言うと、保護者は硬いスルメやせんべいを与えがちですが、大切なのは日常の食事です。繊維質の野菜やお肉など、前歯で噛み切り、奥歯ですり潰す必要がある食材を選びます。また、具材をあえて大きく切る、煮込みすぎずに歯ごたえを残すといった調理の工夫で、自然と噛む回数を増やします。
  4. 前歯の使用(咬断運動): 現代の子どもは、一口サイズに切られた料理を食べることが多く、前歯を使わない傾向があります。しかし、前歯で噛み切る刺激こそが、上顎骨の基底部を成長させ、顔貌を力強く豊かに変化させます。トウモロコシにかぶりつく、大きめの唐揚げを前歯で噛み切るといった動作を意識させることが、顔の成長不足(中顔面の劣成長)を防ぐ鍵となります。

医療従事者の皆様へ

日本小児矯正研究会では、装置による機械的な治療(メカニカルな治療)と並行して、こうした「機能」へのアプローチを臨床の核として深めています。本会で共有される知見は、先生方の日々の診療に確かな根拠と自信をもたらします。

  • データに基づく科学的な食事指導 「咬合力検査(デンタルプレスケールIIなど)」を用い、経験則だけでなく数値に基づいた客観的な診断を行います。数値を可視化することで、現状の問題点を明確にし、保護者や本人へ説得力のある食事指導が可能になります。
  • 「後戻り」を防ぐ包括的な臨床アプローチ 歯列不正の原因は、顎の発育不足だけでなく、咀嚼・呼吸・嚥下・姿勢などの機能不全が複雑に関与しています。これらを統合した**バイオファンクショナルセラピー(BFT)**を体系的に学ぶことで、歯列不正の根本原因にアプローチし、治療後の安定性を飛躍的に高めるノウハウを蓄積しています。
  • 保護者の理解を深めるツールと環境づくり なぜ「噛むこと」が矯正治療に必要なのか。豊富な資料やエビデンス、症例写真を活用することで、保護者と共通認識を持ち、二人三脚で治療を進めるための環境づくりを重視しています。

保護者の皆さまへ

お子さまの食事中の様子を、ぜひ一度じっくり観察してみてください。クチャクチャと音を立てていないか、水で流し込んでいないか、姿勢が悪くないか、前歯を使っているか。これらは歯並びが悪くなるサインであり、顎の成長が滞っている警鐘かもしれません。

 

小児矯正において、装置はあくまでスペースを作ったり歯を動かしたりする補助的な役割に過ぎません。本当に大切なのは、毎日の正しい食事習慣を通じて「噛む力が育ち、顎の発育が促され、装置に頼りすぎない自然で安定した歯並びを獲得する」ことです。